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「役者生活50年、大切な言葉をもらってきました」市村正親さんを変えた3つの言葉とは?

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ゆうゆう編集部

「言葉」には、単なる伝達手段にはない「力」が秘められているように思います。たった一言でも、人の生き方や考え方を変えてしまうほど影響力のある言葉。そんなパワーをもつ言葉との出会いを、さまざまな役を演じて50年になる市村正親さんにうかがいました。

20年以上の時を経て理解できた言葉も

「役者になる? 冗談じゃないよ。お前なんかバカ殿しかできないよ」
高校生だった市村正親さんが俳優の道を志したとき、父はそう言って反対したという。しかし市村さんの決意は固く、高校卒業後は演劇学校に進むことを決めていた。そして高校3年生のお正月のこと。

「大晦日、除夜の鐘が鳴ると近くの神社にお参りに行くのがわが家の恒例。その帰り道に親父から『マサ、常に飢えてろよ』と言われました」

当時はその意味をよく理解できなかったが、俳優の道を邁進するうちに、だんだんわかってきた。

「要するに『ハングリーでいろ』ということです。満足しちゃいけない、いつも足りないほうがいいんだ、と。今でも、多少の贅沢をしたとしても、精神的には飢えていたほうがいいなと思っています。特に芝居では。だって、何もかもが満たされているような芝居なんて、あんまり見たくないでしょう? ハングリー精神で必死に食らいついているほうが芝居としては面白いと思うんです」

「常に飢えてろ」

ハングリー精神がなくなったら、向上心をもって取り組めなくなる。芝居をやっていくうちに、「常に飢えてろ」と言った親父の気持ちがわかるようになって、ありがたいなと思いました。今でもこの言葉を思い出して、精神的な「飢え」を大事にしています。

24歳で劇団四季に入団。『エレファントマン』『オペラ座の怪人』など数々の舞台で主役を務め、劇団の看板俳優に。そんな市村さんの活躍を支えたのが、劇団四季の創設者で演出家の浅利慶太さんの言葉だった。

「浅利さんは『俳優の演技というのは蓮の上の水玉のようなものだ』とおっしゃいました。どういう意味か全然わからない(笑)。その意味がわかるようになるのに20年、30年かかりました。蓮の上の水滴は常にキラキラしていますよね。それと同じように、演技とは定まらないもの、固めちゃダメということだと解釈しています」

またあるときは、「俳優は常に女優の斜め後ろにいろ」とも。
「自分の演技を見せようと思って女優さんの前に出る芝居をするのではなく、斜め後ろに立って女優さんをサポートしろ。そうするとお客さんは後ろで支えている俳優が気になるものだ、と言われました。それ以来、自分が主演の舞台のときでも、気持ち的には常に女優さんの斜め後ろ。『市村さんの演技には品がある』と言っていただくことがありますが、そういう気持ちが表れているからだとすれば嬉しいですね」

「俳優は常に女優の斜め後ろにいろ」

浅利慶太さんには本当にたくさんのことを教えていただきましたが、その中でも特に印象深い言葉。「自分が自分が」と前に出るのではなく、女優さんを後ろからサポートすることでお客さんの目を向けさせる。35歳の頃に言われてから、舞台では常に心がけています。

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