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【猫の実話】「立派な猫ですねぇ」とほめられると、どこかしら誇らしげな表情で、ゴロゴロと腹を見せるのだった

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マチュアリスト編集部

その年の初めごろからクロはほとんど出かけなくなって、母いわく、日がな一日家で寝 ているようになったそうだ。お気に入りのコタツ布団の上から動かない日が続いていたという。

秋になるころには食欲もずいぶん落ちて、ふさふさだった毛並みはだいぶパサパサになっていた。たまに帰省しても、私の布団にのってこなくなった。
「クロ」と呼びかけるとうっすら目を開けて、かぼそい声で返事をしていた。

年末。いやな予感がしていた私は、仕事納めのあと急いで帰省した。
翌日、弟も帰省してきた。遠方の大学に行っていてバイトに忙しく、正月が明けてから帰省するのが常だった弟が、めずらしく早く帰ってきたのだ。聞いたことはないが、何か思うところがあったのかもしれない。

私と弟、母と父の4人は、横たわるクロを囲んで車座になり、彼を見守っていた。
もうじきこの子の命の火は消える……。みんなわかっていたけど、誰も口にしなかっ た。ただじっとクロの様子を見守っていた。母はすでに大粒の涙をこぼしていた。
何分たっただろうか、5分か10分か。もしかしたら30分だったか。クロはわずかに顔を上げ、しばらく家族の顔を見たあと、静かに息を引きとった。
とても寒い、大晦日のことだった。

いつも自由で風来坊な猫だった。
もしかしたら、自分の死期を悟って姿を消すかもしれない。どこかでひっそり最期を迎えるかもしれない。家族の誰もがそう思っていた。

しかし、クロは家族全員に見守られながら逝った。気ままで自由で、甘えん坊だけど束縛を嫌う。猫らしい猫だったクロ。そのクロが、最期はちゃんと看取らせてくれた。
あの子は風来坊でも、やっぱり我が家の愛猫だったのだ。
死にゆく顔はやすらかだったように思う。我が家の家族のひとりとして、猫生に満足して逝ったのならば、これ以上にうれしいことはない。

あれから30年。
私は今、完全室内飼いの猫を飼っている。
健康や寿命の面から考えて室内飼いがベストなことはわかっているし、私も今の愛猫に外の世界を経験させようとは思わない。
しかし、それでも。
ときに犬に追いかけられたり、ほかの猫とケンカをしながらも、誇らしげな顔で自由に外を闊歩していたクロの姿が忘れられないのだ。



※この記事は『猫がいてくれるから』主婦の友社編(主婦の友社)の内容をWeb掲載のため再編集しています。

※2023年1月14日に配信した記事を再編集しています。

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