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青木さやかさん50歳。「亡くなる前の3カ月で嫌いだった母とようやく仲直りできた」[前編]

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ゆうゆう編集部

女優、タレント、エッセイストなど、幅広いフィールドで活躍中の青木さやかさん。実は長年、母親との確執に悩み続けていました。転機となったのは、母が末期がんでホスピスに入ったこと。「母が嫌い」だった青木さんが、がむしゃらに母と向き合った末に見いだしたものとは――。

後編はこちら。青木さやかさん50歳。「亡くなる前の3カ月で嫌いだった母とようやく仲直りできた」[後編]

PROFILE
青木さやかさん/女優・タレント

あおき・さやか●1973年、愛知県生まれ。
大学卒業後、フリーアナウンサーを経てタレントの道へ。「どこ見てんのよ!」のネタでバラエティ番組でブレイクを果たす。現在はドラマや舞台などでも活躍中。
著書に『母』(中央公論新社)、『母が嫌いだったわたしが母になった』(KADOKAWA)など。

『50歳。はじまりの音しか聞こえない 青木さやかの「反省道」』

青木さやか/著 世界文化社 1760円

バツイチ、シングルマザー、がんサバイバーでパニック症も抱える青木さんが、等身大の自分を赤裸々に綴ったエッセイ集。50歳目前での失恋、マッチングアプリ、お見合い、断捨離……。悩み、葛藤、反省は多々あれど、前を向いて歩む姿に人生のヒントがいっぱい。

母がほめてくれないのは自分が足りないから

私は母が嫌いだった――。

2021年に刊行された自伝的エッセイ『母』で、母との確執を告白し、話題を集めた青木さやかさん。生まれ育ったのは愛知県瀬戸市、両親ともに教師という家庭だった。

「母はものすごくきれいな人でした。いい高校・いい大学を出て、教師になって、校長先生にまでなった人です。当時は教師という職業が一目置かれるような存在だったから自慢の母でしたし、私も地元で『青木先生の家のお嬢さん』と言われることを嬉しく思っていました」

子どもにとって親は絶対的な存在。尊敬こそすれ、嫌いだなどと思えるはずもなかった。

「今になって思えば『嫌だな』と思うことはたくさんあったのですが、当時は『親と合わない私がおかしいんだ』と思っていました」

テストで95点をとったからほめられるかと思ったら、「何で100点とれないの?」。ピアノ発表会で「エリーゼのために」がようやく弾けるようになったと報告したら、「それは去年、同級生の子が弾いていた。遅いね」。出来のいい友達やいとこと比べられ、何をしてもほめられることがなかった。

「それでも『私が足りていないからだ』と思っていたんです。人のせいにするわけではないけれど、周りの人たちに『さやかちゃんのお母さんはすごいね』と言われて、母は立派な人なのだと信じていたから。そんな母に認められない自分のほうに問題があるのだと思っていました」

教師という職業柄ゆえだろうか、母は世間体を気にするタイプで、固定観念も強かった。

「『大学に行かない人は落伍者』『離婚する人は気の毒に』。私はそんな価値観を刷り込まれて育ちました」

関係性が変わったのは高校生のとき。両親が離婚したのだ。

「離婚って恥ずかしいことなんじゃないの? 今まで言っていたことと真逆のことじゃない、って。大人になってから考えるといろんな原因があったんだろうなと思うけれど、当時の私には母のほうに原因があるように見えました。そのとき、私にとっては、母は母ではなく教師に見えた、そして女に見えました。同性として思春期の私は嫌悪感を覚えました」

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