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愛犬が認知症と診断されて、悲しいというより、なぜかうれしい気持ちになった。「本当に長い間、私たちのそばにいてくれてありがとう」【雑種タロの実話 前編】

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三浦健太

タロは普段は庭で自由に過ごし、夕方になると妻に足を拭いてもらって家に上がります。食事はリビングで家族の一員として一緒に取ります。眠るときは玄関脇の専用スペースで横になるのですが、息子はそれが気に入らないらしくこんな会話が続きました。

「タロはいいなぁ。僕には自分専用の場所なんてないのに」
「そんなに自分の場所が欲しいならタロの横に毛布を敷いてやろうか」
「僕はお母さんと一緒の布団のほうがいいよ」
「なんだ、ちゃんと自分の場所があったじゃないか」

その後は、南極のタロの名前にふさわしい冒険譚とは無縁の15年間を過ごし、すっかり老犬となりました。
そのころから、不思議な事件が起こり始めたのです。

「お父さん! 急いで来てください!」
「なんだ、慌てて。どうした?」

妻に呼ばれ、庭へ出てみて私は目を疑いました。植えてあった芝生が無残にも引きちぎられていたのです。
「こんなひどいことをするなんて、一体誰が? 土もこんなに掘り返されて、一体どうなっているんだ? 庭門の鍵はしっかりかけられているし、誰かが入って来たとも考えにくいしな」
「ねえ、タロの足、ひどく土で汚れているわよ」
「そんな、まさかタロが? なんのために? それにこの芝生、タロのお気に入りの場所だぞ」

タロは今まで一度も芝生を掘り返すようなことはありませんでした。犬は胸焼けすると、道端の草を食べてそれを解消しようとしたりしますが、胸焼けするようなものを食べたわけでもありませんでした。そもそもそんな理由では済ませられないほどに芝生は掘り返されていたのです。

「なんだろうね?」
家族でいくら話し合っても、答えにはたどり着きませんでした。なにしろタロはそれまで、私たちを怒らせるようなことをしたこともなければ、理解できないようなことをしたこともなかったのです。

「何かいつもと違う、気に入らないことがあったのかしらね」
妻が結論めいたことを言いましたが、答えは出ませんでした。

「ねえ、タロがどんなときに、あんなことをするのか観察してみましょうよ」
妻の提案で、時間の許す限り交代で庭にいるタロを観察することになりました。しかし、それからタロが芝生を掘り返すようなことはありませんでした。

そして半年が過ぎ、家族の誰もがあの出来事を忘れてしまったころ。ある日曜日の昼下がりに、私は読書をしながら妻の入れてくれたコーヒーを飲んでいました。と、不意にタロの唸り声が聞こえてきました。

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