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【どうする家康】村雨辰剛演じるウィリアム・アダムス(三浦按針)が家康の前で尋問を受けたのは、関ケ原の戦いの約半年前だった

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鷹橋 忍

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1597年、バーバリ商会は特許が切れ、解散しました。
1598年6月、アダムスは、オランダのロッテルダムから極東を目指す東洋遠征船隊に、航海士として参加します。

ホープ号、リーフデ号、ヘローフ号、トラウ号、ブライデ・ボートスハップ号の五隻からなるこの船隊は、次々と災難に見舞われ、アダムスの乗船したリーフデ号だけとなってしまいます。

1600年4月、リーフデ号は豊後臼杵湾の佐志生(大分県臼杵市)と推定される場所にたどり着きました。
アダムスは病気の船長に代わって大坂に赴き、家康の前で尋問を受けています。

関ケ原の戦いの約半年前のことです。

その後、アダムスは家康の側近となり、三浦半島の逸見(神奈川県横須賀市)に所領を与えられ、三浦按針と呼ばれるようになります。

当時、按針とは「舵手」を意味したといいます(フレデリック・クレインス『ウィリアム・アダムス――家康に愛された男・三浦按針』)。

家康の側近となったアダムスを、私たちは観られるのでしょうか。

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