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【どうする家康】数奇な運命をたどる、浅井三姉妹。最も長生きをしたのは?

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鷹橋 忍

徳川家康というと、どういうイメージをもっていますか? 2023年のNHK大河ドラマ「どうする家康」では、どんな家康が描かれてきたのでしょうか。戦国武将や城、水軍などに詳しい作家 鷹橋 忍さんに、知られざる徳川家康の姿や時代背景などについてひも解いていただきましょう。

【どうする家康】数奇な運命をたどる、浅井三姉妹。最も長生きをしたのは?

「どうする家康」第47回より(C)NHK

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【どうする家康】豊臣秀頼(作間龍斗)は、家康に「賢き人」と称されていた?

大河ドラマ『どうする家康』第47回「乱世の亡霊」では、鈴木杏さん演じる初と、マイコさん演じる江が、争いを避けるために徳川と豊臣の間を取り持とうと奔走しましたが、作間龍斗さん演じる豊臣秀頼が選んだのは、「乱世」でした。

浅井三姉妹が、久しぶりに顔を合わせた回でもありました。

そこで今回は、浅井三姉妹をご紹介したいと思います。

浅井三姉妹とは

浅井三姉妹とは、北川景子さんが二役で演じたお市と、大貫勇輔さんが演じた、近江国小谷城(滋賀県長浜市)の城主・浅井長政の間に産まれた、茶々、初、江の三人の娘です。

お市は信長の妹とされ(諸説あります)、三姉妹は信長の姪にあたります。

ですが、父・長政と伯父・信長は敵対し、天正元年(1573)、小谷城は信長の総攻撃を受けて落城。

お市と三人の娘は小谷城落城に際して城を退去しましたが、長政は自害し、浅井家は滅亡してしまいます。

秀吉の庇護下へ

その後、お市は吉原光夫が演じた柴田勝家に再嫁し、三人の娘を連れて、勝家の本拠である越前国北庄城(福井市)に居を移しました。

ところが、天正11年(1583)4月、勝家は対立する羽柴秀吉との戦いに敗れ(賎ヶ岳合戦)、北庄城は落城。
お市と勝家は自害しました。

三姉妹は秀吉に引き渡され、秀吉の庇護を受けることとなりました。

そして、それぞれ数奇な運命を辿っていくのですが、まずは、二女の初からみていきましょう。

二女・初

初は、元亀2年(1571)生まれとされます(黒田基樹『お市の方の生涯 「天下一の美人」と娘たちの知られざる政治権力の実像』)。元亀元年(1570)生まれともいわれます。

初は秀吉の命で、いとこの京極高次に嫁ぎました。
京極高次の母は、三姉妹の父・浅井長政の姉妹です。

高次は本能寺の変で信長が討たれると、明智光秀方につきました。
ですが、光秀が敗れたため秀吉に追われ、柴田勝家を頼って北ノ庄に落ち延びました。

ところが、前述したように、勝家も秀吉に滅ぼされてしまいます。
そのころ高次の妹・京極龍子(松の丸殿)が秀吉の別妻であったため、高次は許されて、秀吉に仕えることになったといいます。

初は、慶長14年(1609)に高次が47歳で没すると、出家して、「常高院」と号しました。
ドラマでも描かれたように、慶長19年(1614)の大坂冬の陣の講和交渉に、豊臣方として派遣されています。

三姉妹のなかでもっとも長く生き、寛永10年(1633)8月に亡くなりました。享年は64です。

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