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ブレイディみかこさんを勇気づけた3つの言葉とは?「苦境に負けないためには自分を愛すること、 そして自分へのリスペクトが不可欠です」

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ゆうゆう編集部

自分で自分を貶(おとし)める仕事それこそがシット・ジョブ

高校卒業後、アルバイトでお金を貯めてロンドンに飛んだ。お金がなくなると日本に戻って働き、また渡英。現地で働くことができても、スキルのないアジア人女性には低賃金労働、シット・ジョブ(くそみたいに報われない仕事と当事者たちが自虐的に使う言葉)しかなかった。

なかでも日系企業の社員食堂の仕事はつらかった。厨房を一人で切り盛りするが、要領が悪くて料理の出来もイマイチ。従業員たちは聞こえよがしに文句を言い、たまにおいしくできたときは無視をする。心が削られ、料理もいい加減になっていった。それを下宿でグチったところ、大家の黒人女性は即座に、「その仕事は辞めるべきだ」と言った。

「大家さんは清掃員をしているおばちゃんなのですが、哲学者みたいな目でこう言ったんです。『私たちの仕事は人に低く見られることがある。でもそれは、差別する人が悪いんだから闘えばいい。でも、もし自分で自分の仕事を低くしていったり、誇りをもてなくなったりするなら、そこから逃げなくちゃいけない。なぜなら、自分が自分を愛せなくなるから。ミカコ、自分を愛するってことは、絶えざる闘いなんだよ』と」

「自分を愛するってことは、絶えざる闘いなんだよ」

若い頃、ロンドンの下宿のおばさんに言われたこの言葉は、年齢を重ねてなお身にしみる。
「自分の限界も知りダメさも自覚するけれど、自分で自分を見限ったらすべて終わり。一生、自分を愛するために闘います」

ブレイディさんは最近読んだ本の中に「おばちゃんの言葉」と似た言葉を見つけた。60年代の黒人解放運動の時代、アメリカで黒人神学を立ち上げたジェイムズ・H・コーンの言葉だ。学生たちに「この愛は闘いだぞ、わかるか」と問うていた。

「当時は、バスで白人が座る席に黒人が座っただけで白い目で見られていました。キリスト教も白人のためのもので、差別される黒人に対する言葉をもたなかった。それでコーンは黒人のための神学を立ち上げたんです。その人がおばちゃんと同じ言葉を語っていた。差別される人間にとって、自分を愛することは容易ではない。だからこそ闘おう、って」

「この愛は闘いだぞ」

作家の榎本空氏が、黒人神学者ジェイムズ・H・コーンの元で学んだ日々をつづったエッセイ『それで君の声はどこにあるんだ?』で出合った。差別を認めるな、自分を愛せ、愛こそが闘いだという強い言葉だ。

「低く見られる」ことに耐える人たちの姿を日本でも時折見ることがあるとブレイディさんは言う。

「ケアワーク(介護や育児)に携わるのは大多数が女性です。低賃金ですし、家庭でのケアならほぼ無償。報われない思いを抱え、自分を愛せなくなりそうになっているなら、闘ってほしい。グチってもしょうがないとか、逃げることはずるいとか思わないで。勇気を振り絞って意思表示をしてほしいですね」

ベストセラー作家になった今、ブレイディさんには仕事の依頼が絶えない。しかし「売れる本」ばかりが求められる。そのときいつもこの3つの言葉を思い出すと言う。

「私は私の書きたいものを書くと決めています。その信念は変わりません。変わったら負け、なので(笑)」

撮影/永井 浩

PROFILE
ブレイディみかこ

ぶれいでぃ・みかこ●1965年福岡県生まれ。96年から英国ブライトン在住。
日系企業に勤務後、保育士資格を取得し、「最底辺託児所」で働きながらライターとなる。2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞、本屋大賞 ノンフィクション本大賞など多くの賞を受賞。

『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』
ブレイディみかこ著

ベビーシッター、工場の夜間作業員、社食のまかないなど、さまざまな「シット・ジョブ」のシーンを切り取った、初の自伝的労働小説。物語の中では「下宿のおばちゃん」とのやり取りが丁寧に描かれ、働くとは何か、自分を愛するとはどういう意味かを考えさせられる。

KADOKAWA 1650円

※この記事は「ゆうゆう」2024年2月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。


取材・文/神 素子

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