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中島京子さんが「結婚」をテーマに描く短編集『オリーブの実るころ』 父の終活、母の家出、重婚。さまざまな形の結婚を通して見えてくる愛、そして家族とは

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ゆうゆう編集部

「結婚って普遍的だけれど、すごく不思議な営みだなって思います」という中島京子さん。最新刊の『オリーブの実るころ』は、結婚をテーマにした6つの作品からなる短編集です。6編の世界それぞれで営まれる結婚を、じっくり味わってみませんか。

『オリーブの実るころ』
中島京子著

オリーブが縁で知り合った近所の老人ツトムさん。ある日、半世紀前の自身の恋と結婚を語り始めて……。「結婚」をテーマに描かれた、6編の短編小説。1760円/講談社。

「中島さんは、黒でお願いします」

エッセイ「羊のところへはもどれない」をゆうゆうで連載中の中島京子さん。その最新刊『オリーブの実るころ』は、「結婚」をテーマにした6つの作品からなる短編集だ。

水色のバックに、オリーブの枝で縁取った少しレトロな書体のタイトル、中央には新郎新婦らしき人たち(新婦は人間ではないが)が向かい合っている。ひときわ目を引くかわいらしい表紙から、甘いイメージを抱いて読み始めると、のっけからユーモアの中にも毒を含んだ人間模様に圧倒され、引き込まれていく。

冒頭の「家猫」は、ひとつの結婚にまつわるあれこれを、元夫婦、夫の母など、それぞれの立場からの独白で描く作品だが、結婚のある側面を見事に切り取っていて鮮やかだ。

「この短編集を作るきっかけになったのが、最初に書いたこの『家猫』でした。出版社から、今度『黒い結婚 白い結婚』というタイトルの短編アンソロジーを作るので、『中島さんは黒でお願いします』という依頼が来たんです(笑)。私は普段、わりとほのぼのする話を書いてしまうことが多いので、あまり黒くないんだけどどうしようかなと。そのときに、結婚で一番つらくてありがちなのは、やはりメンタルをやられていくことなのかなと思ったんですね。まだモラハラという言葉もそれほど一般的ではなかったときでしたが、つらいとしたらそういうことなのではないか。それでこの作品を書いたんです」

「家猫」の次に執筆したのは「川端康成が死んだ日」だった。
「次にまたアンソロジーの企画が来たんです。今度はテーマが『1972年』。この年って、パンダの来日や札幌オリンピック、沖縄返還といろいろあった年なんですが、ああそうか、川端康成が死んだのもこの年かって気がついたんです」

舞台は1972年の東京。自動車会社に勤務する長期海外出張中の父親と主婦の母親、小学5年生の兄と2年生の私、高度経済成長期のごく普通の一家に、ある日突然嵐が来る。

「70年代の初めって、ウーマンリブや学生運動の空気があったんですよね。子どもながらその空気は覚えていたので、それを入れたいなと思って書き上げてみたら、たまたまこれも結婚や家族が背景になる話になった。そんな作品が続いたので、このテーマでひとつの短編集を作れないだろうかと思い立って、その後、さらに4編を書きました」

いろんな視点から描くことで笑いが生まれる

表題作「オリーブの実るころ」に描かれるのは、主人公の近所に越してきた老人ツトムさんの、半世紀前の結婚と恋愛だ。北海道に生まれたツトムさんは、結婚後に出会ったノエさんと恋に落ちる。ツトムさんは勝手に離婚届を出し、ノエさんとともに上京するが……。主人公に語られるツトムさんの半生に、こちらも胸が引き絞られる。

「ガリップ」では、「わたし」と、夫が独身時代からかわいがっている白鳥のガリップとの、やや背筋がゾクっとするような「三角関係」が展開する。一編30ページほどの物語だが、どれも、どこか切なく、スケールの大きな余韻と読み応えをもって終わるのが印象的だ。

「イギリスの小説家、トマス・ハーディに『呪われた腕』という短編集があるんですが、どれもこれも失敗した結婚の話なんです。若いときに結婚したんだけど、それが今になって……みたいな。短編なのに、時間の流れを感じさせる作品ばかりですごく面白かったんですね。何かそういう感じのものが書けないかなという思いもありました」

中島さんの作品といえば、多彩な登場人物がとても繊細な人間観察の上に描かれ、「ああ、こういう人いるよね」と読み手が思わず共感してしまうことが多い。社会に対する鋭い批評眼と同時に、人間一人ひとりに対する温かな眼差しがある。

「多視点のものを書きたいなと思うんです。一個の視点だけだと窮屈だけれど、いろんな視点を入れると笑えてくるんですね。こちらからだとすごく真剣に見える人が、あちらから見るとバカみたいに笑えるとか。私は、この笑えるっていうことを大事にしています」

確かにどの作品にも、一片の切なさとともにクスッと笑わされるところがあり、特に最後の一編には希望の光を見る思いがする。

「黒く始まってしまったので(笑)、最後はやはり希望があるような感じで終われたらいいなって。長編はどこへ行くかわからないところを追いかけるような感覚で書くことが多いのですが、短編には職人作業のように組み立てていく楽しみがある。この本も一編一編楽しんで書けました。それぞれの世界を味わっていただけたらうれしいですね」

著者プロフィール
中島京子
なかじま・きょうこ
1964年東京京都生まれ。2010年『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。『かたづの!』で第28回柴田錬三郎賞、『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞、『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞、『やさしい猫』で第72回芸術選奨文部科学大臣賞、第56回吉川英治文学賞を受賞。

撮影/嶋田礼奈


※この記事は「ゆうゆう」2022年12月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のため再編集しています。

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