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【どうする家康】「負ける自信がある」秀忠(森崎ウィン)は、お江の前に婚約者がいた!

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鷹橋 忍

【どうする家康】「負ける自信がある」秀忠(森崎ウィン)は、お江の前に婚約者がいた!

「どうする家康」第45回より(C)NHK

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徳川家康というと、どういうイメージをもっていますか? 2023年のNHK大河ドラマ「どうする家康」では、どんな家康が描かれるのでしょうか。戦国武将や城、水軍などに詳しい作家 鷹橋 忍さんに、知られざる徳川家康の姿や時代背景などについてひも解いていただきましょう。

★前回はこちら★

【どうする家康】徳川四天王がドラマから姿を消す。四天王の子孫はどこの城主になった?

大河ドラマ『どうする家康』第45回「二人のプリンス」では、作間龍斗さん演じる豊臣秀頼と、森崎ウィンさん演じる徳川秀忠の、豊臣・徳川のプリンスが、印象的に描かれていました。

そこで今回は、徳川秀忠をご紹介したいと思います。

秀忠の兄弟たち

徳川秀忠は天正7年(1579)4月に、家康と広瀬アリスさんが演じた於愛(西郷殿)の間に生まれました。数え年で家康が38歳、於愛が18歳のときの子です。

文禄2年(1593)生まれの豊臣秀頼より、14歳年長です。

秀忠は三男で、二人の異母兄がいました。

長兄は、家康の正妻であった有村架純さんが演じた築山殿(瀬名)が産んだ、細田佳央太さんが演じた松平信康で、信康は家康の嫡男でした。

次兄は、松井玲奈さんが演じたお万(小督局)が産んだ、岐洲匠さん演じる結城秀康です。秀康は天正2年(1574)生まれで、秀忠より5歳年長です。
秀康は小牧・長久手の合戦の講和に際して、秀吉の下に人質に出され、のちに下総結城家の婿養子となり、結城家を継ぎました。

同母の弟に、東条松平忠吉がいます。
『徳川幕府家譜』によれば、忠吉は天正8年(1580)に浜松城で生まれました。
天正9年(1581)、松平一族である東条城之松平家忠が子のないまま死去すると、東条松平家を継承しました。

板垣李光人さんが演じた井伊直政の娘は、忠吉と結婚したとされます(『寛政重修諸家譜』)。

家康の嫡男に

秀忠が生まれた年には、ドラマでも描かれた「松平信康事件」が起きており、8月に築山殿(瀬名)が、9月に信康が命を失っています。

このとき秀忠の次兄の秀康は、家康の子と認知されていなかったとみなされています。

そのため信康の死後は、秀忠が家康の嫡男になったと考えられています(黒田基樹「家康の妻と子どもたち」 黒田基樹編著『戦国大名の新研究3 徳川家康とその時代』所収)。

織田信雄の娘と婚約

小牧・長久手合戦後、家康も秀吉に臣従することなり、天正18年(1590)正月、秀忠も上洛しました。

秀忠は同月15日、秀吉にはじめて拝謁し、このとき秀頼は秀吉から、徳川家の正当な後継者として認められたといいます(山本博文『徳川秀忠』)。秀忠、12歳のときのことです。

21日には、秀吉の養女である小姫(実名不詳)と婚約式を挙げています。

小姫は浜野謙太さんが演じた織田信雄(信長の次男)の娘で、当時、6歳でした。秀吉は大変に小姫を可愛がっていたといいます。

しかし、小姫はその後も秀吉のもとで育てられ、翌天正19年(1591)7月に、僅か7歳で没してしまったため、実質的な結婚に至らなかったとされます。

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